キリストへの時間

今生きているありがたさ

放送日
2026年2月15日(日)
お話し
申成日(広島教会牧師)

申成日(広島教会牧師)

メッセージ:今生きているありがたさ

【高知放送】

【南海放送】

 今生きているありがたさ

 おはようございます。広島教会の牧師、申です。爽やかな朝を迎えられましたか。今日の一日、神様の守りと祝福がありますようにお祈りいたします。

 リスナーのあなたは、今生きていることに対して、どのように思っているでしょうか。辛いとか、大変だと思っている方もいるし、生きていて良かったと思っている方もいらっしゃるでしょう。

 わたしが働いている教会の会員で、すでに亡くなられた方のことですが、その方が生きておられた時に、何度かご家庭にお邪魔させていただいたことがあります。90歳を超える方が一人で暮らしておられるので、ご家族の皆さんもいろいろ心配なさることもありましたが、とてもお元気な女性でした。

 しかしその方は、会う度に、口癖のように語られたことがあります。「生きているのが大変です。なぜ神様は、わたしをまだお呼びにならないのでしょうかね。」と、いつもおっしゃいました。その度にわたしは、「まだ、この世においての使命があるでしょう。」と返事をした覚えがあります。その方は、96歳で亡くなられました。亡くなられた直前まで、声だけはお元気でした。

 「生きるのが大変」とおっしゃる言葉の中には、その方が生きてこられた多くの人生が染み込んでいると思います。戦争の大変さを経験し、戦後の復興や高度経済成長期の厳しい競争社会も経験されたでしょう。その意味で、「生きるのは大変」という気持ちを窺うことができます。

 しかしまた、その言葉の中には、生かしてくださった神様の多くの恵みを、今も生きて味わっていることの感謝の気持ちを感じました。3人の娘さんと多くの孫たち、ひ孫たちに愛されているお婆さんの最後の時を見届けた牧師の感想です。

 今、自分が生きているというのは、いろいろな可能性があることを物語っています。これまで大変な日々を過ごした人であっても、新しい希望が見えてくることがあります。
 
 聖書の中には、生まれながら足が不自由で歩けない人が出てきます(使徒3:1-10参照)。その人は、生き伸びるために、神殿の門のそばに座って、いつも物乞いをしました。

 その人は、自分の人生をどう思ったでしょうか。生きていることを感謝しているでしょうか。あるいは、死ぬことができず、仕方なく苦しみながら生きていると思っているでしょうか。わたしがその人であるならば、間違いなく、後者の方だと思います。

 そのような人が座り込んで、物乞いをしている神殿の門に、イエスの弟子の一人が通りかかり、自分に物乞いをする彼を発見しました。そして、イエスの弟子は、彼を見つめながら言いました。「わたしには金や銀はありません。しかし、わたしが持っているものを差し上げましょう。イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」と言いながら、彼に手を差し伸べました。

 すると彼は、その差し出された手を握り、足に力を入れてみました。すると不思議にも、足に力が入って、立ち上がることができたのです。彼にとっては、初めての経験でした。そして彼は、立つだけではなく、歩き出して、ついに躍り上がることもできました。その喜びは、いかに大きなことだったでしょう。まさに、「生きていて良かった」と思う瞬間だったと思います。

 聖書には、このような奇跡物語がたくさん記されていますが、考えてみれば、聖書の物語のみならず、「今生きているわたし」も奇跡ではありませんか。

 世界で、毎日平均として16万人の人が亡くなるんだそうです。日本だけでも、1日交通事故で亡くなる方が、平均10名、年間3600名に上ります。このように、突然命を落とす人が多いこの時代に、今生きていて、明日を迎える希望があることにありがたさを感じます。

 今日を生きて、確かな希望を与えてくださる神様に、自分の人生を委ねて生きるあなたの一日となりますように、切にお祈りいたします。

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※ホームページでは音楽著作権の関係上、一部をカットして放送しています。

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