今井献(仙台カナン教会牧師)
メッセージ:微力だが、無力ではない
おはようございます。仙台カナン教会の今井献です。
わたしは小学1年から中学2年まで、広島県の三原市に住んでいました。昭和20年8月6日に広島に原爆が落とされたこともあり、学校では、毎年夏が来ると原爆教育を熱心に行っていました。その後、埼玉県の秩父に引越したのですが、秩父の学校では、原爆について何も語られないことに、本当にびっくりしました。
そのかわり、明治17年に起こった「秩父事件」についての歴史的見直しが盛んにおこなわれていて、先生も、このことにたびたび触れていました。秩父事件とは、暴徒である農民たちによる暴動であるとされていたものが、そうではなく、農民による自由民権運動であった、という見直しが盛んに論じられていたのです。
わたしは、その土地ごとの歴史があって、その歴史を大切にしながら生きていくのが、人というものだ、と自分なりに整理をつけたのを思い出します。地域の歴史だけでなく、一人ひとりの経験が違うことで、違った関心や考え方、また生き方があることは、当たり前のことです。
昨年、ノーベル平和賞が、日本原水爆被害者団体協議会に与えられました。その団体の方が、「微力であるが無力ではない」と考えて、核なき世界の実現を訴えてきた、と話しておられました。違った地域で生き、違う経験をするわたしたちが、その経験を大切にし、微力であっても社会に役立てることができるなら、どんなによいことでしょうか。
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