3月6日(金) ヨブ3章
わたしの生まれた日は消えうせよ。
男の子をみごもったことを告げた夜も。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ヨブ記 3章3節
3章のヨブは、まるで人が変わったかのように思えます。神を呪うことはしませんが、自分の生まれた日を呪っています。命は神から来ます。ですから、命が与えられた日を呪うとは、神に異議申し立てをするのと同じようなことです。
しかし、ヨブを非難できるでしょうか。家族や財産を奪われ、我が身にも満足なところはありません。絶望するのも当然です。神を信じるからこそ嘆きが深まる、とも言えます。
それにしてもヨブの嘆きは深く、もはや人にはこれを受け止めることができません。旧約聖書では、新約聖書で示される復活信仰はまだ明確でなく、死後に希望を見いだせないのに、死の方がまだましだと言います。彼の嘆きがいかに深いかを思います。
この箇所から励ましや慰めを得ることは難しく思われます。だからこそ言わねばなりません。神を見失ってはなりません。苦しみの中で、神と格闘せねばなりません。苦難がどこから来るかと言えば、神から来るからです。神のあずかり知らない苦難はないからです。
ヨブの呻きは神へと向かいます。これが信仰者の、神との正しい関わりです。私たちの祈りは神へと向かうべきです。神は私たちのいかなる祈りも受け止めてくださるからです。
【祈り】
主よ、嘆きは深く、わたしに力はありません。どうか最後までお支えください。主の御名により、アーメン









