2月5日(木) サムエル下19章
「わたしにはお供をしてヨルダン川を渡ることさえほとんどできません。王はそれほどにお報いくださることはございません。」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』サムエル記下 19章37節
息子の企てたクーデターが失敗しました。息子アブサロムが戦死したのです。父ダビデは嘆きます。「わたしがお前に代わって死ねばよかった。アブサロム、わたしの息子よ、わたしの息子よ」(1節)。ダビデの悲しみはどれほどでしょうか。
しかし同時にダビデは王でした。司令官ヨアブの忠告を受け入れ、私情を振り切り、立ち上がります。そしてアブサロム軍の司令官を、立場を保証しつつ自分の部下に抱え込むという、難しい政治的駆け引きを行いました。国が大きく動きます。
そのとき、新しくなった体制に適応しようとするいくつもの動きが生まれます。ダビデが都落ちをするときに呪い、石を投げつけたシムイが千人の手下を連れてきました(18節)。時流を読んで適応しようとしたのです。しかし、これは心から悔いたのではなく打算に過ぎません。
他方、ダビデを見送るバルジライは誠実です。彼はダビデの先行きが分からない時からダビデの「生活を支え」ました(33節)。ダビデは王宮での十分な生活を保証しますが、バルジライは断ります。高齢で衰えた自分は、王の重荷になるからです。自分の役目を終えて身を引きました。次の時代が来たからです。自分ではなく息子キムハムが王と行くのです。次の世代に信仰の責任が渡されます。
【祈り】
神よ、困難の中でも、あなたからの責任を果たすことができますように。









