リジョイス聖書日課

ローマ15章 私たちの希望の源である神

放送日
2025年9月18日(木)
お話し
常石 召一(大阪教会牧師)

9月18日(木) ローマ15章

希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』ローマの信徒への手紙15章13節

 パウロは15章の冒頭で、自分の満足ではなく隣人を喜ばせることを勧めます。そして、9節から12節にわたって旧約聖書の四つの箇所を続けて引用します。いずれも、異邦人がユダヤ人と共に神をたたえ、神に希望を置くという内容です。聖書全体を貫くこのメッセージを受けて、パウロは「希望の源である神が…あなたがたを…希望に満ちあふれさせてくださるように」と祈るのです。

 では、聖書の言う「希望」とはいったい何でしょうか。ここではエルピスというギリシア語が使われています。この言葉は本来、良いことばかりではなく災いが起こる可能性も含みます。いくら希望を抱いても実現する保証はどこにもなく、正反対のことが起こることもあり得ます。また、そもそも自分が願っていた希望が神の御心とは違うものだったということもあるのです。

 聖書の語る「希望」は、人間の願いではなく、信仰によって、そして聖霊の力によって、喜びと平和で私たちを満たすものです。パウロが4節で記したように、私たちは聖書から忍耐と慰めを学ぶときに「希望」を持つことができます。神は、神に敵対していた私たちを愛をもって忍耐し、キリストによる慰めを与えてくださいました。この神こそ希望の源です。

 【祈り】

 希望の見えにくいただ中にあっても、御顔を仰ぎ、あなたの中にこそ希望を見つつ歩ませてください。