月刊誌リジョイス 聖書日課 2024年12月 3日(火)

エレミヤ40章 与えられた自由を用いるところ

  

「さあ、今日わたしはあなたの手の鎖を解く。」(エレミヤ40:4)

 エレミヤの生涯をつうじて、彼を生かし続けたのは、「わたしがあなたと共にいて、必ず救い出す」(1章8節)という神の言葉でした。彼が神に嘆くときも、捕らわれてバビロンに向かう今も、それは変わりませんでした。

 神が共にいてくださることのしるしは、たとえばきょうの場面で、バビロンの親衛隊の長ネブザルアダンがエレミヤに語りかける言葉にも見ることができます。「さあ、今日わたしはあなたの手の鎖を解く。もし、あなたがわたしと共にバビロンに来るのが良いと思うならば、来るがよい。あなたの面倒を見よう」と彼はエレミヤに語りかけます。そしてエレミヤの自由を約束して重ねて言います。「あなたが良しと思い、正しいとするところへ行くがよい」(4節)。

 ネブザルアダンは、バビロンの王からエレミヤを「よく世話をするように」と命じられていました(39章12節)。しかし、エレミヤの解放の直接の理由は書かれていません。エレミヤにとっては突然の出来事だったでしょう。

 エレミヤは、この与えられた自由を国に残った貧しい人びとと共にとどまることに使います。誰もいない、何もない、という貧しい者と共に歩む救い主を彼は知っていたからです。その主を待ち望むのです。

 【祈り】 いつも共にいてくださる主よ、あなたの救いを必要としている方にわたしをお用いください。

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