月刊誌リジョイス 聖書日課 2020年7月20日(月)

ヤコブ2章 行いを伴う信仰

  

わたしの兄弟たち、自分は信仰を持っていると言う者がいても、行いが伴わなければ、何の役に立つでしょうか。そのような信仰が、彼を救うことができるでしょうか。…人は行いによって義とされるのであって、信仰だけによるのではありません。(ヤコブ2:14,24)

 この章には、プロテスタント宗教改革の旗印である「信仰による救い、信仰義認の教え」に真っ向から反論するかのような聖句があります。

 「人は行いによって義とされるのであって、信仰だけによるのではありません」。しかし、ここに「信仰だけによるのではない」と書かれていることに注意したいと思います。この場合の「信仰」とは「行いを伴わない信仰」です。困窮している人に必要なものを与えようとしない「言葉だけの愛」は、リップサービスであり、本当の愛とは言えません。信仰もこれと同じなのです。真実の信仰は必ず生活に生かされ、行いを伴います。

 アブラハムは、神が必ず助けてくださると信じたからこそ、イサクを祭壇の上にささげました(創22章)。また娼婦ラハブはイスラエルの神への信仰ゆえにエリコの町を攻略するイスラエルを助けました(ヨシュ2章)。信仰と行いとはいつも共に働くのです。

 改革者ルターが特に重んじたと言われるローマ書でも12章から15章まで4章を費やして、信仰に伴う行いの勧めを極めて具体的に記しています。生きた信仰は必ず生活に生かされます。

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