月刊誌リジョイス 聖書日課 2017年1月3日(火)

ローマ14章 生きるにしても、死ぬにしても

わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。(ローマ14:8)

 わたしがわたしのものではなく、体も魂も、主イエスのものであること。それが、私たちのただ一つの慰め″です。『ハイデルベルク』は、そこにもう一つの大切な表現を加えています。「生きるにも死ぬにも」という言葉です。

 わたしの全存在が主のものであれば、当然のことながら死生観も変わってきます。それは献げられた人生″とでもいうべきものです。パウロが言ったように「生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のもの」なのです。

 しかし、きょう心に留めたいことは、主のものとされているのは自分だけでないということです。主イエスに結ばれている人は誰でも、本人が意識していようがいまいが、主イエスのものだからです。

 ですから、主にある兄弟姉妹たちを大切にしなければなりません。侮ったり裁いたりしてはなりません(ロマ14章10節)。尊敬の念をもって互いに愛し合いましょう。特に弱い人のことを配慮しましょう。主は、その人のためにも死なれたからです。

 こうして、主にある慰めは、わたしのものだけでなく、私たちのものともなるのです。

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