月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年12月1日(火)

イザヤ51章 振り返れば恵み

わたしに聞け、正しさを求める人
主を尋ね求める人よ。
あなたたちが切り出されてきた元の岩
掘り出された岩穴に目を注げ。(イザヤ51:1)

 イスラエルの民は、捕囚という試練の痛手を受けています。神との信頼関係を再建することなど到底不可能なほどの激震が、人間と社会を闇のなかに閉じ込めています。癒しと回復への道を指し示してくださるのは、ただ神の憐れみのみです。神は、預言者を通して、回復と再生に向かうただ一つの道を、イスラエルに示そうとされます。何よりもそれは「わたしに聞け」という切なる呼びかけであり、痛みを伴う愛の招きです。神は、みずから痛みを負うため、すでに「主の僕」を召し、歩むべき苦難の道、忍ぶべき道を定めておられます(50章4節以下)。

 神は、苦難と悩みの内で「主を尋ね求める人」に、救いと解放の道を備えてくださいます。その道は、物珍しいものではありません。神に聞き、救いの歴史を振り返ることです。2節の「父アブラハム」と「母サラ」は、イスラエルが「切り出されてきた元の岩」です。アブラハムを記憶することは、神の選びと愛に立ち帰ることです。取るに足りない者にどれほどの真実が注がれたか。どのキリスト者にも振り返れば、感謝の数だけ、恵みの記憶があります。

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