ダビデはモアブのミツパに行き、モアブの王に頼んだ。「神がわたしをどのようになさるか分かるまで、わたしの父母をあなたたちのもとに行かせてください。」(サムエル上22:3)
逃亡者ダビデのもとには多くの人びとが集まり始めました。集まったのは社会のはみ出し者たちでした。やがて、ダビデは彼らの頭領としてモアブ王と盟約を結ぶほどの実力を蓄えるようになりました。さらに、彼のもとには預言者も、祭司も来て、神がダビデと共におられることが現されました。王位にありながら、深い孤立を味わい、猜疑心から祭司たちを虐殺して神との大切な絆を失い、王の資格を失ったサウルとはまったく対照的です。
よだれをたらし、気の狂った人を演じて難を逃れた悲惨の極み(21章14節)は終わりましたが、ダビデは信仰的な姿勢を堅く保ちました。自分の行く末について神に信頼し(3節)、預言者を通しての神の指図に命を賭けて従い(5節)、祭司の一族が虐殺された責任の一端が自分にもあることを謙遜に認めもしました(22節)。
悲惨の極みのときにも、それが終わった日々にも、主に頼り、主に従うなら、希望の光が絶えることはありません。「どのような時にも神に信頼し、御前に心を注ぎ出せ」(詩62編9節)と御言葉は教えています。
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