月刊誌リジョイス 聖書日課 2010年10月4日(月)

サムエル下14章 王には赦しが期待された

「はしためは、主君である王様のお言葉が慰めになると信じて参りました。主君である王様は、神の御使いのように善と悪を聞き分けられます。あなたの神、主がどうかあなたと共におられますように。」(サムエル下14:17)

 ダビデがイスラエルの王となれたのは、罪、汚れとは縁がなかったからではありません。反対に彼は、重大な罪も、数知れず犯しています。宮廷を次々と事件が襲います。ダビデの国は、次代の王を失う危機に直面しました。国を覆う闇は、王の手腕で打破できるものではなかったのです。「あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」(サム下7章16節)というかつて与えられた神の約束は、この現実の前に無に帰されるのでしょうか。

 そのような中で、テコアの女がヨアブから遣わされてきます。彼女は神の民がその王たる者に期待するところが何であるかを伝えます。それは「慰め」である「赦し」の言葉と「神の御使いのように善と悪を聞き分け」る知恵です。それらは、思い起こせば、ダビデが神から与えられてきたものでした。

 神は、ヨアブをも用い、テコアの女の口を通して、神の約束がなお確かであることをダビデに示してくださいました。私たちも、ご自分の約束の成就のために働いてくださる神に依り頼みましょう。

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