月刊誌リジョイス 聖書日課 2009年5月20日(水)

エゼキエル20章 天に届く良き香りとなるために

そこでのみ、わたしは彼らを受け入れ、その所で、献げ物と聖なる最上の供え物を求める。わたしは、宥めの香りと共に、お前たちを受け入れる。わたしが諸国の民の中から連れ出し、散らされていた国々から集めるとき、わたしは諸国民の前で、お前たちに自分を聖なる者として示す。(エゼキエル20:40-41)

 20章は、イスラエルの罪の歴史を列挙しています。(1)エジプトにおける民の背信、(2)荒れ野における民の背信、(3)約束の地カナンにおける民の背信です。また、罪に対する神の怒りと裁きが記されています。これらは、悔い改めを促しています。

 イスラエルの歴史は、常に不信仰と神への反逆の繰り返しでした。エゼキエルは、過去の罪を列挙し、民は前の世代の過ちから学ぶことがなかったということを指摘します。

 ドイツの元大統傾ヴァイツゼッカー氏は、「荒れ野の40年」という演説の中で、「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります」とドイツ人に向けて語りました。日本の教会に連なる私たちも、自らの過去に目を向ける必要があります。

 ところで、罪の指摘の後、唐突に、神の憐れみが述べられます。神は、もう一度、契約を締結してくださいます。エゼキエルのときから600年後、主イエスが真のささげ物として十字架につけられました。天に届く良き香り、和解の献げ物となり、神の御前に私たちを集めてくださった主に、栄光がありますように!

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