月刊誌リジョイス 聖書日課 2009年1月28日(水)

コヘレト3章 神を慕い、永遠を思う

神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を初めから終わりまで見極めることは許されていない。(コヘレト3:11)

 私たちの人生は、決して平坦ではありません。短い期間をとってみても、多くの変化があります。私たちは、他人と比べられない、自分しか知らない体験を重ねて生きています。紆余曲折があってこそ、人生です。

 にもかかわらず、私たちはその変化の激しさに圧倒されます。その荒波に押し流されて苦悩するのです。ときにはあまりの悲しみに混乱してわれを忘れることさえあります。そこにも、空しさを感じてしまいます。

 すべては、神の定めによって起きます。その神のなさることを、すべて理解することはできません。しかし、神の御心の内にあることなのですから、神により頼み、空しさの意味をつかみ取っていくほかはありません。とくに、出来事の不条理、とりわけ、正義が正義ではない社会の矛盾と向き合うには、矛盾を超える神に心を向けねばなりません。

 御子イエス・キリストは、起こり来ることの背後におられる神に信頼して生きるように、と諭してくださいます。私たちは、十字架と復活の主イエスを通して永遠を思い、今を尊びます。

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