第104問 主の祈り、第四の祈願
問: 第四の祈願では、私たちは何を祈り求めるのですか。
答: (「我らの日用の糧を今日も与えたまえ」という)第四の祈願で私たちが祈る事は、神の一方的な賜物のうちから、私たちがこの世の良き物の正当な分を受け、それによって神の祝福を楽しむことができるように、ということです。
主の祈りは、第三の祈願までが神様の(あなたの)御名、御国、御心に思いを集めて祈るのに対し、第四の祈願からは「我らの」必要に思いを集めての祈りです。その最初に「我らの日用の糧」について祈ります。
日ごとの食物には、 1.命の支え、 2.楽しみと喜び、 という二つの面があります。第三の祈願はこの両面についての祈願です。
「日用の糧」で代表されているのは、「この世の良き物」すべてです。食物に限らず、衣食住・趣味・受験・就職・結婚等々、この世的必要と祝福とを私たちは願ってよいのです。
霊的な事だけを神様に頼り、物質的な事については自分の才覚に頼るのは誤りです。一切を神に頼る者として、「この世の良き物」について神様に祈り求めるべきです。
また、「この世の良き物」を軽んじるのも誤りです。それは、創造者なる神様からの贈り物として感謝して受けるべきものなのです
ただし、「この世の良き物」は、人を誘惑し、神から人を離す恐れもあります。私たちは「神と富に仕える事は出来ない」のです。この世の良き物の限界を弁えるべきです。その点で小教理問答は、次の点に注意を向けています。
(1) 神の一方的賜物として願うこと:
人はこの世的祝福を願う時、神に権利要求を突きつけるのではありません。罪人である私たちの必要を満たしてくださるだけでなく喜びさえ与えて下さる神の一方的な恵みに感謝しつつ願うのです。
(2) 正当な分を求める事:
不正な算段で欲望を満たすことを願わず、できる努力をしながら自分の力に頼らず、神の祝福として受けることができるように祈り求めます。
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