月刊誌リジョイス 聖書日課 2022年10月13日(木)

アモス4章 神に会う備えはありますか?

  

それゆえ、イスラエルよ
わたしはお前にこのようにする。
わたしがこのことを行うゆえに
イスラエルよ
お前は自分の神と出会う備えをせよ。(アモス4:12)

 預言者アモスは、イスラエル社会に沈殿する霊的な不真実を、厳しく問い詰めています。見たところ華々しい宗教生活が、その実、自己宣伝の匂いを漂わせていることを預言者は見抜きます(5節)。

 預言者は、イスラエル社会のすべての階層に神への真実な応答が失われていることを、広範囲で精妙な観察によって描き出しています。何よりも重大な問題。それは「立ち帰れ」と叫ぶ神の招きに耳を傾けない霊的なかたくなさです。「わたしに帰らなかった」という神の失意と嘆きが5回も繰り返されています(4章6、8節ほか)。神の忍耐と寛容を試しているイスラエルは、世界と人間の霊的不毛の象徴でもあります。

 ですから、「自分の神に出会う備えをせよ」という神の呼びかけは、一方で裁きの厳しさを宿しています。胸を打ち叩く悔いと嘆きが、まず私たちの魂の底に湧きおこることを神は待っておられます。

 うわべの信心の装いをはぎ取り、真実な出会いを備えるため、独り子イエスは十字架を負われました。十字架に示された神の愛から、私たちを引き離すものはどこにもありません。十字架は神の誠実さの極み、神の真剣な挑戦です。十字架の尊厳と低さに示された神の愛に出会うこと、そこに教会と世界の希望があります。

 【祈り】 十字架のもとで実現する神との出会いに信頼します。

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