月刊誌リジョイス 聖書日課 2022年8月28日(日)

コヘレト3章1-17節、11章1-6節 後になって知るのだからあきらめるな

  

朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。
実を結ぶのはあれかこれか
それとも両方なのか、分からないのだから。(コヘレト11:6)

 コヘレトを賢者として有名にした「時の詩」は、生まれる時から死ぬ時までの人生全体を視野に入れます。戦いの時と平和の時という人生究極の否定と肯定を描き、そう色分けされる諸々の時を歌います。「生まれるに時があり」と語り出し、「平和の時がある」と締め括る。初めと終わりは否定ではなく肯定です。これこそ彼の人生観です。誰の人生にも避けがたい戦いがあり、嘆きがあり、死があります。にもかかわらず、「すべての出来事には時があり」、人生を決定づける神の時が充満しています。

 神が人の心に与えた「永遠」こそ、神秘の賜物です。これは空間的な永遠ではなく、あるいは未来永劫でもありません。「人生を初めから終わりまで見渡す視野」です。ただし未来は隠されますから、見渡せるのは現在と過去のみです。人の生と死を支配する神の諸々の時が充満していた。それらは神の突然の直接介入だった。その度に、自分は恐れおののき、ひれ伏すほかなかった。これを後になって知るのです。これこそ、人を生かす神の知恵です。

 何が人生を決定づけるかは、後になって知る。だから、自分の人生に種を蒔く営みをやめてはならない。今を生きること、誰かを愛することをあきらめてはいけない。

 【祈り】 愛なる主よ、あなたが共にいてくださった諸々の時の充満を知り、賛美と感謝を献げさせたまえ。

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