月刊誌リジョイス 聖書日課 2021年10月14日(木)

コヘレト7-8章 すべてを神の業として観察する

  

わたしは知恵を深めてこの地上に起こることを見極めようと心を尽くし、…神のすべての業を観察した。(コヘレト8:16-17)

 人生には順境の時もあれば、逆境の時もあります。しかし、何事が起こるか、どのように起こるか人間には知ることはできません。そのような中で、「神は人間をまっすぐに造られたが人間は複雑な考え方をしたがる」(7章29節)ということになってしまうのかもしれません。

 しかし、私たちが神を度外視して複雑に考えるのをやめて、神との本来の関係に立ち帰ったならば、人生はどのような姿を現すでしょうか。「神を畏れる人は、畏れるからこそ幸福になる。神を畏れない人生は影のようなもので、決して幸福にはなれない」(8章12、13節参照)という、こんなにも単純な、本来の「まっすぐさ」を回復することができます。「神が人間をまっすぐに造られた」ままの「まっすぐさ」です。

 そこから改めて、生活のすべてを神の業として観察し直したとき、食べること、飲むこと、楽しむこと、順境も逆境も、それらすべての事柄がまた、「神が彼に与える人生の日々の労苦に添えられた」(8章15節)幸福として、新鮮な喜びとともに発見されていくことになるでしょう。

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