月刊誌リジョイス 聖書日課 2021年4月19日(月)

ヨハネ1章1-18節 その独り子

  

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。(ヨハネ1:14)

 イエス・キリストは父なる神の「独り子」と呼ばれています。それは、父なる神との深い愛の交わりの中におられるということであり、キリストご自身もまた神であられ、神としての力と栄光を持っておられるということを意味しています。

 その大切な独り子を、父なる神はこの罪の世に遣わされました。独り子を与えるという話は、アブラハムとその息子イサクの物語を思い起こさせます(創22章)。神の命令を受けて、アブラハムは独り子イサクを献げようとしました。やがて、そのように命じられた神ご自身が、独り子を世に与え、十字架上にその命を献げてくださったのです。それは、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハ3章16節)とあるとおり、私たち罪人を愛して救うためでした。

 この救いの恵みにより、私たちも神の子とされます。神が大切な独り子を与えてくださったのは、私たち一人ひとりを大切にしてくださっているからです。この愛に感謝し、私たちも大切なものを、何よりも自分自身を神に献げて歩んでいくのです。

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