ヨブの友エリファズは、ヨブを慰めようとして、責め立てることに陥ってしまったように思われます。「わたしなら、神に訴え、神にわたしの問題を任せるだろう」。これはその通り大切なことであり、事実、ヨブは神に訴えています。けれども、神が答えてくださらない、あるいは、神の答えが分からない。それでヨブは苦しんでいます。エリファズは、信仰者を不信仰だと責め立てています。残念ながら、人の思いを正しく理解するのは、たいへん難しいことです。エリファズもヨブを理解したいと思いながら、正しく理解できず、忠告したいと思ってむしろ傷つけてしまいます。わたしなら、神に訴え
神にわたしの問題を任せるだろう。(ヨブ5:8)