おはようございます。ご機嫌いかがでしょうか。新所沢教会の牧師、長田です。
今週は、キリスト教の信仰に関連して、「命」についてお話しさせていただきます。
キリスト教の神様は、「愛の神様」であると言われます。でも、そもそも愛とはなんでしょう。相手と仲良くすること、大切にすることが愛、というわけではありません。ヨハネ福音書は、神様が愛の神様であることを、「その独り子をお与えになったほどに、世を愛された」(ヨハネ3:16)と表現しています。
一番大切な、ただ一人の子ども、神様の場合は自分自身とも言える「神の子」、つまり、イエス・キリストを私たちに与えてくださる。そこに、神様が愛のお方であること、その神様の愛が表れているというのです。
父なる神様は、最も大切な独り子であるイエス様を、私たちに与えてくださいました。イエス様は、最も大切なご自分の命を、私たちに与えてくださいました。この父なる神様と御子イエス・キリストの愛の行動によって、私たちは命を得て、生きる者とされます。
それはただ普通に生きる命ではなく、究極の命、決して失われることのない、他と変えることのできない「永遠の命」です。そんな素晴らしいものを与えてくださる、それこそ、神様が愛の神様である証拠なのです。
聖書をお読みします。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3:16)