ごきげんいかがですか。東川口教会の櫻井良一です。
私が教会で最初に聖書を学び始めたときのことです。その時、私は旧約聖書に記されている神様の戒め、つまり「律法」について学ぶことになりました。
自分のそれまでの生き方を神様の律法に従って見ると様々な点で自分が神様に罪を犯していることがわかりました。そのころ私はすっかり自分に自信を失ってしまい、その自分を助けてほしいと教会に行ったのに、教会ではそれに追い打ちをかけるように、自分は神様の律法に従えない罪人であることを学んだのです。
そして「わたしはダメな人間だ」という確信がますます深まったときのことです。私は聖書を通してイエス・キリストがこんなダメな自分のために救い主として十字架にかかってくださったことを教えられたのです。その時私が感じた喜びは今も忘れることがありません。
「こんなダメな人間のためにイエス様は十字架にかかってくださったのだ。」
神様が私のためにイエス様を遣わして、私を愛してくださったことを知ったのです。
あなたは自分のようなダメな人間を神様は愛してくださらないと思っていませんか。それは大きな誤解です。なぜなら神様はあなたを愛するために、救い主であるイエス様を遣わしてくださったからです。
聖書の言葉
「イエスは、わたしたちのために、命を捨ててくださいました。そのことによって、わたしたちは愛を知りました。」ヨハネの手紙一3章16節です。