おはようございます。仙台栄光教会の李根培です。
あなたは、何を求めて聖書を開いていますか。ただ、知識を求めているのではないでしょうか。イエスを知識として理解することはできます。しかし、心からそのイエスを信じて、わが神、わが主と告白するのは、非常に難しいものです。なぜなら、信仰には、人格的な「自分の決断」が必要だからです。
この決断は、頭ではなく、心で告白するものです。イエスを頭だけで知っているか、心に受け入れているかの差が、私たちの人生を決めます。ですから、私たちは、イエスを主人として、心の中心に迎えて生きていく必要があります。神のみ言葉である聖書を読み、それを信じるときに、救いを得ることができるのです。
「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ10:17・新改訳)聖書が書き記された最も重要な目的である「救い」をいつも覚え、聖書に親しんでください。そうすれば、聖書を通して救いの感動を味わい、神の子供として歩めるのです。