いかがお過ごしでしょうか。せんげん台教会の川栄智章です。
人は誰でも、多かれ少なかれ、善悪の二つの顔を持っています。「ジキル博士とハイド氏」の物語は、私たちが持っているこの矛盾をよく表しています。
ジキル博士は、善良な医者としての自分と、ふいに悪を犯したい衝動にかられる自分の二重性格に苦しんでいました。ところが研究の末、薬によって、自分の中の悪の部分を、独立した人間「ハイド」として分離させることに成功しました。夜になると、その薬を飲んで「ハイド」に変身し、自由奔放な人生を送りました。
しかしいつからか、薬を飲まなくても、勝手にハイドに変わってしまうこと、そしてジキルの姿に戻るためには、二倍の薬を必要とすることに気付きました。やがて薬が手に入らなくなり、次にハイドに変身した後、再びジキルに戻ることができないと分かり、ジキルは、全ての事実を手記に残して、自殺してしまいました。
聖書の掟によると、罪の代価は死です。ハイドとしてたくさんの罪を犯したジキル博士は、死ぬことによって、自分の中に隠れているハイドから解放されたと言えます。私たちの内にも、実はハイドが隠れていて、ジキル博士のように、死によってでしかハイドから自由になることはできません。しかし、イエス様が、私たちの罪をすべて負われ、代わりに十字架で死んでくださいました。このイエス様を救い主として信じるなら、すべての罪が赦され、救われるのです。