みなさん、おはようございます。綱島教会の牧師をしております、小宮山裕一です。
ご気分はいかがでしょうか。毎日のお仕事でお疲れの方やご病気の方もおられるでしょう。主の祝福がありますように。
先日、おもしろい話を耳にしました。「ヤマアラシ」という動物がおります。この動物は、体が硬いとげで覆われています。寒くなると身を寄せ合うようなのですが、その時に、とげがお互いの体に刺さって痛いそうです。皮肉というかなんというか、気の毒な話だと思います。しかしながら、私たち人間も、同じようなことがあるのではと思います。互いに温め合おうとして、傷つける。人間関係はなくてはならぬものだけど、そこで傷つく。これを「人間=ヤマアラシ説」と呼びたいと思います。
こうした傷や私たちが抱える様々な痛みを、聖書は「重荷」と表現しているのです。この重荷を背負う私たちに、イエスはこういわれます。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」(マタイ11:28-30)
このキリストの言葉は、私たちが何を背負うのか、ということを問うています。私たちは、重荷から解放されることはないのです。しかし、何を背負うのかによって、その重荷を背負う人生が変わってくるというのです。これなら背負える、そういう重荷を、キリストは私たちに与えてくれるのです。
キリストを信じると、人生に張りが生まれます。決して楽なのではないですが、楽しいです。ヤマアラシのあなた、ぜひ、キリストの隣に来てください。