おはようございます。銚子栄光教会の牧師、佐野直史です。
今日も、聖書の言葉に聞きたいと思います。
聖書には、次のような詩人の言葉があります。「目を上げて、わたしは山々を仰ぐ。わたしの助けはどこから来るのか。わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」(詩編121:1-2)
これは、これから長い旅に出ようとしている信仰者の言葉のようです。詩人は、出発前に山々を見上げて、「わたしの助けはどこから来るのか」と、自分自身に問いかけているのです。詩人は、どうして山々を見て、このように言うのでしょうか。
現代の私たちにとって、山登りは楽しいレジャーとしてありますが、昔は、「山を越える」という旅は、命懸けのものでした。しかも、聖書の舞台パレスチナにおける山々は、緑豊かなものではなく、ごつごつとした岩だらけの岩山で、水や食料を手に入れる場所がほとんどなく、昼は灼熱の太陽が、夜は寒さが旅人を襲う、厳しい環境だったのです。詩人は、出発前に、そのような山々を目の前にして、「わたしの助けはどこから来るのか」と問い、「わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」と語っているのです。
私たちの人生においても、岩山のように目の前に立ちはだかる、大きな問題にぶつかることがあるかもしれません。前途多難な行く先を見て、「わたしの助けはどこから来るのか」と、問いたくなることがあるかもしれません。そのような時に、私たちも、聖書の詩人と共に、信仰を告白したいと思います。「わたしの助けは来る 天地を造られた主のもとから。」