キリストへの時間 2022年9月11日(日)放送

山下朋彦(平和の君教会牧師)

山下朋彦(平和の君教会牧師)

メッセージ: パンだけで生きるのではない

【高知放送】
     

【南海放送】
     

 おはようございます。平和の君教会の山下です。
 恐らく、聖書の言葉でしばしば聴かれるのは、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉による」ではないでしょうか。これは、何もどちらか一方が大切で、他方は必要ない、ということを言っているのではありません。人が生きていくのにパンは大切です。しかし、それが満たされれば、もう十分なのでしょうか。

 このみ言葉は、イエス・キリストがお語りになられたものです。確かに、イエス様が、これから救い主としてのお働きを始められるに当たり、40日40夜断食をされた後、悪魔からの誘惑を受けられた折り、お答えになられたお言葉です(マタイ4:1-4参照)。

 しかし、これは、イエス様が最初だったのではないのです。遡ること3500年前、イスラエルの民がエジプトを出て後、シナイの荒れ野を旅していた時、彼らは空腹に陥りました。その時、主なる神様が、マナやウズラを天から降らせ、彼らの空腹を満たし、彼らを生かしてくださいました(出エジプト16章参照)。そのかつてのイスラエルの民への神の配剤を、御自身に当てはめ、お答えになられたのです。彼らを本当に生かし支えたのは、神様のみ心であり、神様のみ言葉でした。

 つい先日、ミャンマーから来られ、日本で10年以上も牧師として奉仕されている宣教師の方から、証しをうかがう機会がありました。その方の出身の国は、とても貧しく、100年ほど前には裸で生活されていたとのことです。日本に来て驚いたのは、いつでも美味しい食べ物がコンビニで手に入り、子どもを含め、みんなが1台ずつスマホを持っていることでした。しかし、そんな文化の発達した経済的にも豊かな国なのに、毎年自殺者が3万人もおられる事実に衝撃を受けられたそうです。

 どうしてなのだろうと考えていると、あるみ言葉が浮かんできたのです。それが、先程のみ言葉でした。頭やお腹は満たされているかもしれない。けれども、魂は満たされていないのではないか。それで、日本人に、イエス様の福音を知らせる必要があると思い、神学校に行き、現在、教会の牧師として、伝道に励んでおられます。

 単純過ぎるかも知れない、けれども、そこに真実があるのではないでしょうか。日本人に何かが足りない、それは、神様のみ言葉ではないでしょうか。神様のみ言葉が、日本の、特に若い人たちに届けられ、それで自殺を思いとどまらせ、他の人を傷つけたりすることを防ぐならば、どんなに住みやすく、優しい社会になるでしょうか。どうか、皆さんも聖書を通して、神様のみ言葉に触れ、魂が生き生きと健やかにされる幸いが与えられますようにと願うものです。



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