おはようございます。筑波みことば教会の朴徹です。
「キリスト者」というのは、一言で言えば、キリストに属する者、イエス・キリストを信じる者という意味です。ですから、キリスト者にとって大事なことの一つは、イエス様のうちにとどまり続けることです。さらに、イエス様のうちにとどまり続けることを妨げる、いっさいの障害を取り除くことです。
イエス様から目を離させようとする妨げや障害には、自分の罪や欲、この世の楽しみなども含め、いろいろなものがあるでしょう。キリスト者であっても、完全ではない弱い人間ですから、人を愛することができず、むしろ、人を裁く思いを持ってしまうこともあります。そのような日々の思いの積み重ねが、私たちをイエス様から切り離す妨げとなってしまうのです。
ですから、私たちは毎日、自分は誰のために生きているのかを覚える必要があります。聖書は、「わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。」(ローマ14:8)と語っています。
イエス様のために生き、イエス様を思い続け、イエス様を見続けるならば、私たちは、自分をキリスト者、すなわち、イエス様に属する者である、という確信を忘れることはないでしょう。他人や自分のことを思うのではなく、イエス様のことだけを思い続ける。誰かに対する悪い感情など持たなくなっていき、イエス様のうちにとどまり続ける。そうして、喜びに満ちた日々を送ることができるようになるのです。