「春高楼の」。昔、仙台駅前の丸光デパート。時間に合わせて流していた音楽。夜9時の「荒城の月」、風向きにより、東仙台教会の我が家にまで聞こえる。
おはようございます。魚本です。
ご存じ、作曲家の滝廉太郎は、クリスチャン。ドイツ留学中、結核を患い、帰国後、23歳で召天。作詞をした土井晩翠の妻八枝も、長女の照子も、クリスチャン。昔の東京芸大で、八枝と滝は同期。私の友人の祖母は、八枝と同じ教会。照子も、宮城学院卒業後、20歳で結核、27才で天に召される。臨終の床で、お父さんに聖書を思い浮かばせる詩を読んでもらう。
聖書には、「今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見て」いる。しかし「その時には顔と顔を合わせて見る」(1コリント13:12・新改訳)ことになる。「いつまでも残るのは信仰と希望と愛…一番優れているのは愛」(1コリント13:13・新改訳)、とある。
昔は銅の鏡。はっきり映りません。今、イエス様を信仰の目でのみ見る。十字架に架けられ、3日目によみがえる。弟子たちと1か月半、飲み食いする。そして天に戻られる。しかし、イエスを信じる者は、死後、イエス様の栄光に満ちた姿をやっと仰ぎ見ることができる。
次回は、「晩翠の妻八枝」。ありがとうございます。