おはようございます。週末の朝のひとときをいかがお過ごしでしょうか。
イエス・キリストを信じる者たち、つまりクリスチャンは、大人であっても子供のような無邪気な表情を浮かべることがあります。それは彼が、神を天の父と信じ、慕っているからです。その神が自分を愛し、眼差しを注いでいてくださることを知っているからです。
聖書はこう語ります。「あなたがたが子であることは、神が、『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。」(ガラテヤ4:6)
神の子とされた者は、父なる神に「アッバ、父よ」と呼びかけることができるのです。「アッバ」と言うのは、今風に言えば、さしずめ「おとうちゃん」とか「パパ」と言ったところでしょうか。わたしたちは、神とそれほどに親しい関係におかれているのです。
神がわたしたちを救い、神の子になさるために、イエス・キリストをお遣わしになりました。このお方の十字架の血の代価をもって、わたしたちを贖い、神の子にしてくださったのです。マルティン・ルターは、キリストについて「彼はいのちを注ぎだして、わたしのためにご自分を惜しげもなく役立ててくださった」という言葉を残しています。わたしたちが神の子とされたのは、神の渾身の愛、そしてイエス・キリストの命がけの犠牲によるのです。