聖書を開こう 2021年7月8日(木)放送

山下 正雄(ラジオ牧師)

山下 正雄(ラジオ牧師)

メッセージ:  失脚するハマン(エステル7:8-8:2)



 ご機嫌いかがですか。日本キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、日本キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。

 「墓穴を掘る」ということわざがあります。自分が作った原因で自分が不利な状況へと追い込まれてしまうことです。似たようなことわざに「自分で蒔いた種」というのもあります。表現こそ違いますが、自分自身が原因で悪い結果を刈り取る羽目になることを指します。

 人生にはそういう失敗がつきものです。そうであればこそ、自分の言動が自分を追い詰める結果になりはしないかという、先を見越す深い知恵が求められます。

 今学んでいる『エステル記』に登場するハマンは、まさに、後先を深く考えない軽率な行動によって自らの滅びを招いてしまいます。

 それでは早速きょうの聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は旧約聖書 エステル記 7章8節〜8章2節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。

 ハマンがエステルのいる長いすに身を投げかけているところへ、王宮の庭から王が酒宴の間に戻って来た。王は言った。「わたしのいるこの宮殿で、王妃にまで乱暴しようとするのか。」この言葉が王の口から発せられるやいなや、人々はハマンの顔に覆いをかぶせた。宦官の一人、ハルボナは王に言った。「ちょうど、柱があります。王のために貴重なことを告げてくれたあのモルデカイをつるそうとして、ハマンが立てたものです。50アンマもの高さをもって、ハマンの家に立てられています。」王は、「ハマンをそれにつるせ」と命じた。こうしてハマンは、自分がモルデカイのために立てた柱につるされ、王の怒りは治まった。その日クセルクセス王は、ユダヤ人の敵ハマンの家を王妃エステルに与えた。エステルはモルデカイとの間柄を知らせたので、モルデカイは王の前に出た。王はハマンから取り返した指輪をモルデカイに与え、エステルは彼をハマンの家の管理人とした。

 前回の学びでは、ついに王妃エステルが、自分の願いを王に訴え、ハマンの悪事を王に告発する場面を取り上げました。こう出来事をまとめてしまうと、あまりにも淡々と物事が進んでいったような印象を受けてしまいます。しかし、エステルの身になって出来事を追ってみると、命がけの歎願でした。

 ハマンの悪事をエステルが知ったのは、父親代わりとなって自分を育ててくれたモルデカイを通してでした。後宮で女官たちと平和に暮らしていたエステルにとって、外の世界では自分の民族が絶滅させられる計画が進んでいるとは知る由もありません。しかし、知ったからには、事態を放置するわけにはいきません。けれども放置するわけにもいかないとは言っても、王妃にできることなどないに等しいことは、エステルにもよくわかっていました。

 何せ、自分が新しい王妃となる前に王妃だったワシュティは、王の宴会に顔を出すように言われて、それを拒んだだけで、王妃の座から追われてしまったほどです。王命によってすでに決まった事を覆すとなれば、命を捨てる覚悟が必要です。

 あのとき、エステルがモルデカイに言った言葉は、決してうわべだけの言葉ではありません。心底、そう思った言葉でした。

 「定めに反することではありますが、私は王のもとに参ります。このために死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります。」(エステル4:16)

 死ぬ覚悟で王の前に進み出て、二度にわたる酒宴の席で、やっと自分の願いを王に告げる機会を掴んだエステルでした。エステルからユダヤ人絶滅の計画を知らされた王は、怒りに燃えて王宮の庭に出て行ってしまいました。その場面で先週の個所は終わっていました。

 エステルにとっては、まだ安心できる状況ではありません。王の怒りの意味は、エステルには必ずしも明瞭ではありません。確かに、そのようなことを計画したハマンに対する怒りであることは明らかですが、なぜそのことをもっと早く知らせなかったのかと、理不尽にも、いつその怒りの矛先がエステルに向かうとも限りません。

 ここでちょっと解説が必要だと思いますが、ユダヤ人絶滅の命令は、王の名前によって出されています。それなのに、王はまるでそのことを知っていなかったというのは不思議に思われるかも知れません。確かに、ハマンも王に無断でことを進めたわけではありませんでした。けれども、その進め方は巧妙でした。3章8節以下を読み返してみると、ハマンは具体的な民族名を伏せたまま、王に勅許を求めています。王の法律に従わない民族を根絶するという一般的な勅書を求めていながら、ふたを開けてみたら、それはユダヤ人を名指しにした特定民族を排除するための勅書となっていました。王はそのことに怒りを感じています。

 王の怒りが百パーセント、ハマンに向かっていて、自分には向かわないとわかったとしても、まだエステルには命の危険がありました。それは、窮地に追い詰められたハマンが、自分を巻き添えにするともかぎりません。

 王が庭に出たの見計らったハマンは、エステルのいる長椅子に身を投げかけます。それは命乞いをするためであったと記されますが、エステルにとっては興奮したハマンがどんな行動に出るか、身の縮む思いです。

 そこに王が庭から戻ってきます。エステルにとっては折よく、ハマンにとっては運の悪いタイミングです。まるでエステルを襲っているように見えるハマンに対して、王は声を荒げます。

 「わたしのいるこの宮殿で、王妃にまで乱暴しようとするのか。」

 ハマンには言い訳の機会も与えられず、王の家臣たちによって顔に覆いが掛けられてしまいます。さらにハマンにとって分が悪いことには、自分がモルデカイを吊るそうとして立てた巨大な柱のことが宦官の思いに蘇ります。7階建てのビルほどの高さですから、思い出さないわけがありません。しかも、その用途についてハマンは自分で吹聴していたのでしょう。宦官ハルボナは言います。

 「ちょうど、柱があります。王のために貴重なことを告げてくれたあのモルデカイをつるそうとして、ハマンが立てたものです。50アンマもの高さをもって、ハマンの家に立てられています。」

 王はそれに呼応するように「ハマンをそれにつるせ」と命じます。

 こうして王の怒りが治まり、王妃エステルは自分とモルデカイとの関係を王に打ち明けました。モルデカイは先に陰謀を未然に防いだ功績が王に認められていましたので、ハマンに代わる地位を与えられるまでには、時間を要しませんでした。ハマンから取り上げた王の指輪はモルデカイに託され、ハマンの財産もモルデカイの管理のもとに置かれることになりました。

 ハマンに取ってはむごい結末ですが、ハマンが自分で蒔いた種の実を刈り取ったということでしょう。歴史には、「もし、こうだったら」という仮定の話は通用しませんが、しかし、ハマンがエステルにではなく、最初から王の後を追って命乞いをしていれば、事態は違っていたかもしれません。残念ながら、ハマンの一つ一つの誤った選択の積み重ねが、取り返しのつかない結果を招いてしまったということです。傲慢な時ほど、人は判断を誤りやすいものです。

 さて、これですべてがハッピーエンドではありません。ユダヤ人根絶の王命は、依然として生きています。取り消すことができない王命にどう対処するのでしょう。この続きは次回のお楽しみということにいたします。

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