あさのことば 2021年7月19日(月)放送

小堀昇(花小金井教会牧師)

小堀昇(花小金井教会牧師)

メッセージ: 今慰めの中を



 皆さんお元気にお過ごしですか。私は、西武新宿線花小金井駅南口グリーンロード沿い徒歩7分、花小金井教会牧師の小堀昇と申します。どうぞ宜しくお願いいたします。

 イエス様はこのように言われました。「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。」マタイによる福音書の5章4節です。悲しむこと、これはできるならば避けたい、あまり経験したくない事柄です。しかしイエスは、悲しむ者は幸いだと言われました。なぜでしょう。その人たちは慰められるからです。

 実はこの悲しむというのは、原典ではかなり強い表現です。「泣き叫ぶ」とか「悲嘆にくれる」という意味です。本当に絶望してしまうことを意味しています。しかもこれは、一般論ではないんです。過去のことでもないんです。未来のことでもないんです。今まさにこの山上に於いて、イエス様のメッセージを聞いている、そんな人々の中で、この強い悲しみに打ちひしがれている人々がいた。そのことを聖書は語っているんです。

 では何を悲しんでいるんでしょうか。それは神に背を向けて歩んでいる人々に対する悲しみです。神に背を向け反逆しているこの世界のために、神に背を向けている人間に対して痛み悲しんでいる人々のことを、イエス様は幸いだと言われました。そして彼らは慰められるのだと言われているのです。これは終わりの時を待つまでもなく、今慰められるのです。慰め主なる聖霊は(ギリシャ語で)パラクレートスと言いますけれども、これは傍らにご一緒してくださるお方という意味です。

 イエス様は今も聖霊を通して、私たちの傍らに共にいてくださり、悲しみの中にいる私たち一人ひとりを、慰め、支え、励ましてくださるお方です。あなたが悲しむとき、終わりの時を待つまでもなく、イエス様は今、あなたを慰めてくださるお方です。

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