あさのことば 2021年7月 2日(金)放送

尾崎純(光が丘キリスト教会牧師)

尾崎純(光が丘キリスト教会牧師)

メッセージ: 良い麦と毒麦



 いかがお過ごしでしょうか。東京練馬の光が丘キリスト教会で牧師をしております、尾崎純と申します。
 キリストが、世界を神の畑にたとえた話があります(マタイ13:24-30参照)。この世界という神の畑に良い種が蒔かれる。良い種は神の国に属する人たちのことです。しかし夜の間に敵が来て、毒麦の種を蒔いて行く。毒麦は悪魔に属する人たちのことです。しかし世の終わりの刈り入れの時、良い麦も毒麦も抜かれて、良い麦は倉に入れられ、毒麦は焼くために束にされるのです。

 どうして畑の主人である神様は、世の終わりまで毒麦を放っておくのでしょうか。たとえ話の中に登場する「僕たち」が主人に毒麦を抜くことを勧めた時、主人は言いました。「いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。」毒麦の根は長くて強く、周りの麦の根にしっかりからみつきます。だから毒麦を抜くと、周りの麦も抜いてしまうことになるのです。

 良い麦に毒麦がからみつくので、この世界には苦しみがあります。しかし神様はこの世界に苦しみがあるのを許しておられます。「毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。」

 神は、一本の良い麦も失いたくない。私たちに、失われてほしくない。そして、私たちはその神を信頼してよいのです。毒麦が現れてきた時、主人はそれが敵の仕業だと見抜いておられました。神に知られない所で起こることは何もないのです。

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