おはようございます。今日も、お元気にお目覚めですか。持田浩次です。
神様は、私たち人間に何を望んでおられるでしょうか。まじめに生きることでしょうか。勤勉に学んだり、働くことでしょうか。いろいろな能力を身に付けたり、多くの成果を上げることでしょうか。
詩編147編にはこう書かれています。「主は馬の勇ましさを喜ばれるのでもなく、人の足の速さを望まれるのでもない。主が望まれるのは主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人。」
昔イスラエルでは、速く走る馬をもつことが誇りでした。また、人よりも速く走れることも自慢になりました。けれども、主は馬の勇ましさを喜ばれるのでもなく、人の足の速さを望まれるのでもないと言われます。人の力の強さではなく、主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人だと言われます。主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人とは、神様を愛し、神様に信頼する人のことです。
人のように頑張れなくても大丈夫です。みんなのように、成果を上げられなくてもいいのです。あなたが神様を畏れることを神様は喜ばれます。あなたが神様の慈しみを待ち望むことを、神様は喜んでくださいます。神様から望まれる人とは、神様を畏れる人、神様の慈しみを待ち望む人です。
今日の聖書の言葉。「主は馬の勇ましさを喜ばれるのでもなく、人の足の速さを望まれるのでもない。主が望まれるのは主を畏れる人、主の慈しみを待ち望む人。」詩編147編10-11節