いかがお過ごしでしょうか。東京教会の野島邦夫です。
今回のシリーズでは、救いについての「神の絶対的力と人間の自由意志の問題」という難しい問題、けれども実際の信仰にとっても、重要な問題を考えています。
キリスト教の救いを得るには、福音を聞いて理解することが出発点でした。自分は自分を支えることができるほど強くない、神から遣わされたイエス・キリストこそ自分を委ねることができるお方ということを理解した…次に来るのは何でしょうか。当然「信じる」のはずです。ところが実際は、理解、で立ち止まっている人がかなりおられます。なぜでしょうか。
この「信じる」はむしろ「信じる決意をする」です。これは、他人に強いられてするのでなく、義務だからすべきというのでもなく、自発的な「そうしたいからする」という、「自分の決意」のはずです。しかしなかなかそういう決意に至らないのはなぜでしょうか。
信仰後の世界は素晴らしいと頭では理解しても、未知の世界ですから不安を感じるということもあるでしょう。しかしもっと深く心を探っていくと、頭ではわかっていても欲するべきものを欲することができず、欲してはならないものを欲するという強い思いに気づきます。その根は、自分の力にしがみついて捨てられない強烈な自己肯定欲です。
いったいどうすればよいのでしょうか。