ごきげんいかがでしょうか。草加松原教会の川杉安美です。
イエス・キリストが十字架にかかられたということは、ご存知かと思います。十字架はキリスト教のシンボルにもなっています。問題は、なぜイエス・キリストが十字架におかかりになったかということです。倫理の教科書によれば「伝統的なユダヤ教を守ろうとする人びとから反感をかい、ローマ帝国への反逆者としてとらえられ、ゴルゴタの丘で十字架にかけられた。」(『もう一度読む倫理』山川出版社)です。外側から見れば正しいということができるでしょう。
それに対して聖書は、その出来事の持っている意味を示します。新約聖書をお読みします。「ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。」ローマの信徒への手紙3章24節25節です。
ひと言で言うと、私たちの身代わりで、十字架にかけられたということです。まことの神様を無視し、罪を犯しながら生きている人間のために、身代わりの罰を受けてくださったのです。
そういう意味でイエス・キリストを信じるならば、罪が赦され、神様の子どもとして受け入れられます。そして、神様の子どもとして、神様に守られ、神様に導かれながら生きていくことができるようになります。死んだあとも神様とともに天国にいることができます。これは、信じるという信仰によって受け取ることなのです。