ごきげんいかがでしょうか。草加松原教会の川杉安美です。
イエス・キリストを信じるようにと言われますが、イエス・キリストはどういう存在なのでしょうか。このことは、キリスト教の歴史の中でも大変な議論があった問題なのです。今日では、正統的な考えとしては、完全な神様であり、かつ完全な人であったと言います。聖書を調べて、そういう結論になりました。
こう言い換えてもいいでしょう。もともと神様であったお方が、人間にもなって、地上に来てくださったと。しかし、神様なら神様として存在すればいいではないか、天から人間を守ったり導いたりしていればいいではないかと、思われなくもありません。
聖書にはイエス・キリストについて次のようにあります。「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。」新約聖書ヘブライ人への手紙4章15節です。つまり、人としての経験があるからこそ、人のことを我がこととして同情することができ、本当の意味で助けることができるのです。いえ、そればかりではありません。
聖書にはこのように書いてあります。「子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。」(ヘブライ2:14,15)
つまり、人間の死と死後の問題を解決するために、どうしても人として死ぬ必要があったのです。