おはようございます。ごきげんいかがでしょうか。新所沢教会の長田と申します。
今週は聖書から、私たちの救い主イエス様がどんなお方であるか確かめてまいりたいと思います。
聖書は、私たち人間が「罪を犯した者」であること、つまり異常な状態に生きる者であることを指摘します。そして、その異常な状態に生きる私たちは、罪から抜け出さなくてはならないと教えています。しかし同時に、罪はその罪を犯した同じ人が責任を負い、償わなければならないとも教えているのです。
旧約聖書の時代には、牛や羊などの家畜をいけにえとして献げ、人は罪をきよめてもらわなければなりませんでした。けれども、本来であれば、私たち自身がその罪の責任を負うべきなのです。身代わりのせいか、動物の犠牲による清めは何度も何度も繰り返されなくてはなりませんでした。
しかし、イエス様がこの世においでになり、信じる人々のために、ただ一回、完全な犠牲を献げました。それは、イエス様ご自身の命の犠牲でした。本来ならば私たちが負わなければならない責任を、イエス様が身代わりに背負ってくださったのです。これが私たちにとって最も大切なイエス様のお働きなのです。私たちのために犠牲となってくださった方を感謝をもって見上げましょう。
聖書をお読みいたします。「ところが実際は、世の終わりにただ一度、御自身をいけにえとして献げて罪を取り去るために、現れてくださいました。」(ヘブライ9:26)