おはようございます。福島教会の細田眞です。
主イエス・キリストのたとえは実に生き生きとしたものです。そのために、聞く者は思わずその語り口に引き込まれてしまいます。
ある人が100匹の羊を飼っていました。ところがその中の1匹がいなくなってしまいます。羊の飼い主は大慌てで、残りの99匹を野原に残して捜しに出かけました。羊には角がありません。自分の身を守るすべをもたない羊は、狼に襲われたらひとたまりもありません。また羊は長い間、直射日光に晒されると死んでしまうそうです。そうした羊の性質を知っていた飼い主は気が気でなかったでしょう。彼は失われた1匹の羊が見つかるまで捜しまわったのです。(以上ルカ15:1-7参照)
旧約聖書の創世記は、最初の人間アダムが神の掟を破ったために、主なる神の顔を避けたと伝えています(創世記3:8参照)。おそらくアダムはいたたまれなくなって、神の御前に出ることができなくなったのでしょう。しかし神はアダムに「どこにいるのか。」(創世記3:9)と呼びかけられたのです。実はこの時から、神は御自分のもとからいなくなった人間を捜し続けておられたのです。
主なる神はあなたが神を知る以前からあなたを捜し続けておられます。そしてあなたを見つけ出した時には、この上もない大きな喜びが天で沸き起こるのです。