いかがお過ごしでしょうか。せんげん台教会牧師の川栄智章です。
イエス様を信じるということは、私たちの信心深さによるのでも、素直さによるのでも、知識によるのでもありません。永遠における神の選びがなければ、決してイエス様を信じることができません。
ヨハネによる福音書10章24節から26節を見ますと、ユダヤ人たちの「あなたは救い主なのか」という質問に対し、イエス様は、わたしが救い主であるのかどうかを問う前に、あなた方は何者なのか、私の羊なのか、そうでないのかと、逆に問い返されています。そして「わたしが父の名で行う業を見て信じることができないあなたたちこそ、わたしの羊ではない。」と断言されました。
彼らは、死んで4日もたつ死人の復活の奇蹟を見ても信じることはできませんでした。信じるということは、選ばれた者に与えられる、特別な神の賜物なのです。「わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。」イエス様は選ばれた者を羊と呼ばれます。以前は自分一人の力で生きていけると思っていましたが、今は神様に心から従い、服従する者に変えられるからです。
私たちは弱い羊です。ですから、ただ牧者の声を聞き分けて、牧者によって与えられる恵みと守りだけに、よりすがりながら歩まなければなりません。実はそこに、私たちの永遠の命の根拠があるのです。