8月13日(水) エゼキエル26章
「人の子よ、ティルスがエルサレムを嘲る。『ああ、諸国民の門であったお前は打ち破られ…わたしは富み、お前は廃れる。』」
日本聖書協会『聖書 新共同訳』エゼキエル書26章2節
26章から28章にかけて、ティルスに対する滅亡の預言が語られます。
フェニキアの主要な港町であったティルスは、地中海貿易で栄え、地の利を生かした難攻不落の要塞でもありました。そのティルスが「諸国民の門」として通商の中心地であったエルサレムが滅ぼされたことにより、「わたしは富み、お前は廃れる」と言って嘲ったのです。これは、それまでエルサレムに流れ込んでいた利益をそのまま独り占めできるティルスの喜びを表しています。ティルスはエルサレムと交流がありましたが(王上5章15、16節)、エルサレムが陥落した際には、少しの同情も示さなかったのです。そのような愛のない利己主義に対して、主は裁きを下されます。
この世には、自分の幸福追求のために誰かを押しのけてでも勝とうとする競争原理が働いています。しかし、そういった世の中で、主イエスが迫害する者の滅びを喜ばず、むしろ涙をもってとりなしをされたその愛を、私たちは思い起こしたいものです。パウロが勧めているように、「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣」く(ロマ12章15節)生き方こそ、私たち人間の本来のあり方です。隣人に寄り添い、とりなして祈る者でありたいと思います。
【祈り】
主イエスの愛を、わたしの内側にも宿らせてください。