山下 正雄(ラジオ牧師)
メッセージ:あなたにとって一番価値のあるものは
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
日本語の「もったいない」という言葉は、今やそのまま使える世界共通語です。私たち日本人にとって、この言葉は、とても大切な価値観の一つです。食べ物を残すのは「もったいない」、まだ使えるものを捨てるのも「もったいない」。私たちは日々、何を無駄にしないかを考えながら生活しています。
しかし、時には「それは本当に無駄でもったいないことなのか」と考えさせられることもあります。例えば、恋人や家族のために高価なプレゼントを買うこと、誰かのために時間を惜しまず使うことなど、ある人から見れば、そうしたことは、無駄なことのように思われます。しかし、別の人にとっては、「かけがえのない大切なこと」かもしれません。
聖書にも、そんな「もったいない」と思われた出来事が記されています。ヨハネによる福音書12章に出てくる、高価な香油をイエスに注いだマリアの話です。イエス・キリストが十字架にかかる数日前の出来事です。イエスは、ベタニアという村にいる友人の家を訪れていました。そこには、以前イエスによって死から甦らされたラザロと、その姉妹であるマルタ、そしてマリアがいました。
夕食の席で、マリアは突然、高価な香油を持ってきて、それをイエスの足に注ぎ、自分の髪でぬぐいました。この香油は、当時とても貴重なものでした。およそ三百デナリオン、つまり、当時の日雇い労働者が三百日分働いて、やっと稼げるほどの価値でした。この行動を見て、弟子の一人であるユダは、こう言いました。「なぜ、この香油を三百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」(ヨハネ12:5)
ユダの言葉を聞くと、「確かに、もったいない」と思うかもしれません。しかし、それに対して、イエス・キリストはこう答えました。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取って置いたのだから。」(ヨハネ12:7)
この出来事が私たちに問いかけるのは、本当に大切なものは何か、ということです。ユダは、お金の観点から「もったいない」と考えましたが、マリアにとっては、この香油を注ぐことが、イエスへの最大限の愛と感謝を表す方法でした。
何かを大切に思うとき、人はそれに対して、惜しみなく時間やお金を使います。大切な人へのプレゼントを、「値段が高すぎるからやめよう」とは思わないでしょう。払える金額であるなら、少しでも良いものを選ぼうとするはずです。また、親が自分の子どものために、自分の時間を犠牲にしてでも世話をすることもそうです。それは、「無駄」でも、「もったいない」ことでもありません。
マリアにとって、イエスはそのような存在でした。彼女は、イエスが自分のためにどれほどのことをしてくれたかを知っていました。そして、イエスがもうすぐ十字架にかけられることを、彼女なりに感じ取っていたのかもしれません。だからこそ、彼女は、持っている最高のものを注ぎ、惜しみなく愛を表現したのです。
私たちは、それぞれの価値観を持って生きています。何に価値を置くかは、人それぞれです。私たちの生き方を振り返ってみるとき、本当に価値のあるものに時間や心を注いでいるでしょうか。マリアは、「イエスこそ自分にとって一番大切な存在」と信じ、その愛を惜しみなく表しました。
あなたにとって、惜しみなく愛を注げるもの、大切にしたいものは何でしょうか。
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