久保浩文(松山教会牧師)
メッセージ:人生の目的とは
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。愛媛県松山市にある松山教会牧師の久保浩文です。
私達の日本社会は、高学歴社会と言われて久しくなります。受験地獄という言葉が示しているように、受験という競争に勝ち抜き、生き残るために、本人のみならず、家族総出で闘うのです。
今年は、大学入学共通テストが、1月18日から19日にかけて実施されました。国公立大学の一般選抜受験者は、原則として、共通テストの受験が求められています。そこで子どもたちは、小学生の頃から、学校から帰って来てはすぐに学習塾に通い、親が送り迎えをする、そんな光景が見られます。
普段の日だけでなく、日曜日も祝日も区別なく、夜遅くまで学習塾で学んで、くたくたになって、迎えの車に乗り込んでいる子どもたちの姿をみて、「大変だなあ」というより、「かわいそうだなあ」と思うのです。何のために、そこまでしなければいけないのでしょうか。ただ、人よりも良い学校に入りたいから、将来、安定した生活をしたいからという理由だけで、目的もなく、ただ漠然と学んでいる若者たちが、何と多いことでしょうか。
そして、この競争についていけない多くの者は、心身ともに疲労困憊し、生きていくことさえも嫌になってしまいます。たとえ、受験で志望校合格という目標を達成した者の中にも、大学に入ること自体が目的となっている者は、今度は無気力感に襲われ、将来の目標が定まらない人が多くいるそうです。
果たして、私達人間は、何のために生き、どうすれば、真に意味のある充実した人生を送ることが出来るのでしょうか。聖書は、人間の人生の目的について記しています。「学びすぎれば体が疲れる。すべてに耳を傾けて得た結論。『神を畏れ、その戒めを守れ。』これこそ、人間のすべて。」(コヘレト12:12-13)
目標も目的も定まらない受験戦争のためだけの学びは、つまるところ、倦み疲れるだけなのです。朝から夜遅くまで、空しく時間を費やしているにすぎません。私達人間は、神によって創られました。私達が創られた目的、生かされている意味は、創り主である神を知り、信じることによって得られます。私達の人生の意味と生きる目標は、すべて神から与えられます。
さらに聖書は、「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。『年を重ねることに喜びはない』と 言う年齢にならないうちに。」(コヘレト12:1)と語っています。人生を空しく費やさないためにも、今日というこの時、あなたの若き日に、あなたの創り主を心に留め、信じて下さい。そして、あなたが創られた目的、あなたに用意されている人生を見出して下さい。
年齢を重ねて、老齢になって、自分の人生を振り返って、果たして自分の人生は何であったのだろう。様々な競争に打ち勝ってはきたけれども、それは一体、何のためであったのだろうか。これから、何を頼りに生きていけば良いのだろうか。何の喜びも楽しみもないと、呟くことにならないように。
神は、御自分の御子イエス・キリストを、私達と同じ人間の姿で、私達の下に遣わされました。私達は、イエス・キリストによって、神を知ることが出来ます。どうか教会の礼拝に出席され、聖書を紐解いて読んでみてください。主イエスに出会うことが出来ます。
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