リジョイス聖書日課

詩編63編 神が共におられる人の喜び

聖書日課
2024年10月5日(土)

詩編63編 神が共におられる人の喜び

わたしの魂は満ち足りました
乳と髄のもてなしを受けたように。
わたしの唇は喜びの歌をうたい
わたしの口は賛美の声をあげます。(詩編63:6)

この詩人は、水を求めてあえぐ人のように、神を求めて渇いていました。絶えず逃げ回るような状況にいて、平安を得ることができなかったようです。それを渇いていると表現するのは、神がおられないように感じたからでしょう。脱水を起こしているような表現ですから、孤独感も強かったようです。

聖書に対する印象として、とくに旧約聖書において、神が厳しい、怖いと思えてしまうということがあります。そのような質問をよく受けます。しかしながら、実はそうではありません。神はご自分の民を大切になさるからです。厳しさはあっても慈愛に満ちた神なのです。

突然、6節で、「わたしの魂は満ち足りました」と、詩人の心境が大きく変化するのですが、これはどこから生じたのでしょうか。一晩祈りを口ずさんだ結果の安らぎなのでしょうか。そうではありません。自分の考える救いではなく、御心を思うことによって神の愛を知ったということです。神はいないのでなく、いつもそばにいてくださいます。神が支えてくださるので倒れないのです。

たとえ何が起こっても、それは神の愛が離れているからではありません。神はご自分の民といつも共におられます。もちろん、きょうも。

【祈り】 天の神よ。私たちがあなたの支えを心から信じ、委ねることができるように導いてください。

新着番組

  1. Vol.107 園田教会(兵庫県)

  2. ヨブ15章 この苦しみは悪の報いかそれとも……

  3. 詩篇97編の祈りに心を合わせて~光と喜びの種が蒔かれる

  4. 詩篇96編の祈りに心を合わせて~むなしい神々の世界を卒業して

  5. ヨブ14章 神に愛されるという信仰的な現実