あさのことば

キリストの苦難に与ること

放送日
2020年2月5日(水)
お話し
川栄智章(せんげん台教会牧師)

川栄智章(せんげん台教会牧師)

メッセージ: キリストの苦難に与ること

 いかがお過ごしでしょうか。せんげん台教会牧師の川栄智章です。
 イエス様はピラトの裁判によって十字架刑が宣告され、刑場であるゴルゴタの丘まで十字架の横木を担がされましたが、もう、余力は残されていませんでした。ローマ兵は通りかかりの、キレネ人シモンに代わって木を担ぐように命じました。

 マルコによる福音書15章21節をお読みします。「そこへ、アレクサンドロとルフォスとの父でシモンというキレネ人が、田舎から出て来て通りかかったので、兵士たちはイエスの十字架を無理に担がせた。」

 シモンとしては急にそんなことを言われても「はい、喜んで」とは決して言えなかったでしょう。「せっかく過越祭のために遠くから来たのに、何て恥ずかしいことか!」ユダヤ人にとって、十字架に木に触れること自体、自分が汚れると考えていましたから、それは大変屈辱的で苦々しく思ったことでしょう。

 ところで、アレクサンドロとルフォスは、初代教会において良く知られていたキリスト者であり、シモンはその父であると書かれています。ということは、まず父シモンが十字架の真の意味を悟り信仰を持ち、その子らも信仰に入ったと予想されます。聖書に自分の出身地と名前とそして息子たちの名前が記述され、永遠に残されることになり、振り返ってみれば、イエス様の十字架の苦難に共に与ることができたのです。このことはシモンにとってどれほど光栄であり、大きな喜びと、誇りとなったことでしょうか。

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