三川栄二(稲毛海岸教会牧師)
メッセージ: わたしは復活であり命
いかがお過ごしですか。三川栄二です。
今週はヨハネによる福音書から、主イエスが語られた「わたしは○○である」という言葉をたどってきました。最後は「わたしは復活であり、命である」(11:25)という言葉です。
このヨハネによる福音書は、最後の方で執筆目的が記されていて「イエスは神の子メシアであると信じるためであり、信じてイエスの名により命を受けるため」(20:31)とあります。この福音書の中に出てくる「命」という言葉は、新約聖書が書かれたギリシャ語では「ゾーエー」という言葉で、同じく「命」という意味をもつ「ビオス」と区別されて使われています。
ビオスとしての命は物理的、生物的な命のことで、ここからバイオロジーといった言葉が生み出されました。それに対してゾーエーというのは、そうした体の命を越えて生きる命であり、また体と心をその内側から生かしていく根源的な命のことです。そしてヨハネは命について語るときは、このゾーエーという言葉を用いました。
ですから主イエスによって与えられる命は肉体の死をも超えていく命であり、わたしたちを内側から生かし続けていく命です。そしてそれは主イエスご自身です。主イエスこそがわたしたちを日々に生かし続けてくださる命の源なのです。この命の源である主イエスにしっかりとつながり、生かされて、今日も生きていきましょう。
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