あさのことば

「神を冒涜する」

放送日
2005年6月28日(火)
お話し
風間義信(江古田教会牧師)

風間義信(江古田教会牧師)

メッセージ: 「神を冒涜する」

 ごきげんいかがですか。江古田教会の風間義信です。

 人間は感情の生き物と言われますように、様々なことを感じ、反応します。それは素晴らしい出来事に感動したり、他の人の幸せを喜んだりと、とても美しいものですが、必ずしもそうとはなりません。むしろねたんだり、恨んだりして、その感情が爆発してしまうと言うことはないでしょうか。

 イエス・キリストを十字架につけたのは、人々のねたみや恨みの思いと言ってもよいものです。その原因となったことは、自分のことを神であると言ったからです。日本のような八百万の神々の世界ですとそれほど問題にならないかも知れませんが、この時代は石で打ち殺されることになっていました。

 確かに、私たち人間が自分のことを神というのは冒涜です。しかし、口に出しては言わなくても、思い通りにいかないと我慢できなかったり、人を裁いたりすることによって、実際は神のように振舞っていることはないでしょうか。これこそ神を冒涜し、自分を神としているようなものです。

 だからこそ、イエス様は人の心の奥から出てくるねたみや恨み、本当は自分が神でなければ我慢できないという思いをすべて身に受けて、十字架にかかってくださいました。こうして私たちが自分で押さえつけられない罪を、私のもとに持っていらっしゃい、私が解決してあげようと招いてくださっているのです。

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