
申成日(広島教会牧師)
メッセージ:誕生日じゃない日に感謝
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます。広島教会で牧師をしております、申ともうします。
今朝あなたは、どのような朝を迎えておられますか。これから4週間、日曜日の朝、わたしと付き合っていただければ幸いです。
わたしには、今年26歳となった息子がいますが、彼は発達障害を持っていますので、未だに子どものようなところがたくさんあります。その一つは、まだ子どもたちが観ているNHKの子ども番組や、アニメーションビデオをよく見ていることです。そのおかげで、わたしたち夫婦も、彼と一緒に見ることがよくありますが、ある日、買ってきたDVDアニメーションの一つに、『不思議の国のアリス』がありました。
その物語の中で描かれている、一つの不思議な話が、「誕生日じゃない日のお祝い」でした。だれでも、誕生日は年に1回です。しかし、誕生日じゃない日は、その1日を除けば364日ですから、その日をお祝いするならば、ほぼ毎日がお祭りである。それは、とても嬉しいかもしれません。毎日がお祝いなのです。それはとても面白い発想だと思いました。発想を変えれば、毎日を楽しく生きることができることを思わされました。
今日一日、あなたはどんな予定を持っていますか。日曜日ですから、誰かとお会いする予定があるかもしれませんし、あるいは、平日にはできなかった何かをなさる予定があるかもしれません。「年を取ると、平日でも日曜日でも、何も変わりはしない」と思っている方や、教会に行くことを考えておられる場合もあるでしょう。どのような予定が待っているのか分かりませんが、今日の日を楽しむことができたらいいですね。
旧約聖書に、いろいろな詩をまとめた「詩編」という書物があります。その中の詩編136篇は、神様に感謝の賛美をする詩です。そこには、「感謝せよ」という言葉が26回も記されています。神様の様々な働きに「感謝せよ」という勧めがありますが、その中には、「大地と水を造った方に感謝せよ、太陽を造った方に感謝せよ、糧を与えた方に感謝せよ」(詩編136:6,8,25参照)などの言葉もあります。つまり、どのようなことにおいても、神様に感謝すべきであることを言っているのです。
この考え方から、「感謝日記」という本が出ました。これは、韓国で出版された牧師の書いた本ですが、毎日感謝することを日記のように書いておくのです。わたしもほぼ1年間、そのような感謝日記を書いてみたことがあります。書きやすいと思うかもしれませんが、これが毎日になりますと、そう簡単ではありません。感謝する気持ちにならない日もあるし、感謝することがまったく思い出せない日もあります。
すると、だんだん日記の内容が変わってきました。ある日は、「妻に怒られて感謝」と書いたこともありますし、「息子に発作が起こって感謝」と言うのもありました。ついには、「感謝することがなくても感謝」となったこともありました。
どうしてそうなったかと言うと、そのような感謝日記を書く内に、何か良いことが起こらなくても、感謝するようになったのです。むしろ、悲しいこと、残念なことが起こっても、すべてのことを見ておられ、良い道へと導いておられる神様が、自分を相応しく導いてくださることだと思えば、たとえ感謝することが全くなくても、それが本当に感謝することであることを悟らせていただきました。
今日は、自分の誕生日じゃなくても、命が与えられていることに感謝ですし、たまたま今日誕生日であるならば、またこの世に生を与えてくださった神様に感謝する、そのような一日になればと思います。
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