
新井主一(高島平キリスト教会牧師)
メッセージ:病の中で学んだこと②~リハビリ
おはようございます。高島平キリスト教会牧師の新井主一です。
昨日に続きまして、昨年の丁度今頃、肺炎を拗らせて通院しながら教えられたことをお話しします。
私はランニングが趣味で、へぼランナーではありますが、肺炎になるまでは、ほとんど毎朝、近くの公園で走っていました。しかし、肺炎になってから、全く走ることができなくなりました。
通院中は抗菌剤内服治療を続けていましてので、当然駄目だろうと、主治医の先生に「ランニングなんてまだ無理ですよね。」と聞いてみました。すると意外や意外、「いいですよ。リハビリのために是非やってください。」と返答をいただきました。棚からぼたもちとは、こういう状況なのでしょうか。それで、約1ヶ月半ぶりにランニングを再開することができました。もちろん、ゆっくりです。
「リハビリ」…何と素晴らしい響きだったでしょうか。こんなに明るい言葉であったのかと、病になって初めて気がついて、申し訳なく、そして恥ずかしく思いました。教会には、病と闘いながら、礼拝出席を続ける方が多くいらっしゃいます。私には、そのお一人お一人の気持ちがどれだけわかっていたんでしょうか。
黄昏の澄み渡った冬の空を見上げながら、気がつきました。本当にリハビリをしなければならなかったのは「愛」であった、と。いや、信仰も希望も病んでいたのかもしれない。そのリハビリのために、今も走っています。ゆっくりと。
聖書の言葉であります詩編119編71節は、次のように謳います。「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました。」病も、主なる神の憐れみと無関係ではないのです。
※あさのことばのプレゼント締切はその週の土曜日です。









