
大木信(坂出飯山教会牧師)
メッセージ:逆転しない正義
【高知放送】
【南海放送】
おはようございます、坂出飯山教会牧師の、大木信です。
昨年、高知は特に「アンパンマン」、そして、やなせたかしさんで盛り上がったのではないでしょうか。私も観ていました、NHK連続テレビ小説「あんぱん」。
そのドラマの中で、私が今でも一つ心に残っているフレーズがあります。それは、主人公がライフワークのようにして追い求め、また口にもしていた、「逆転しない正義」というフレーズです。逆転しない正義…この言葉が、妙に私の心に残っています。単純に、パワーワードと言いますか、この単語が持つ力強さといいますか、そんな事をも思います。だって、逆転しない正義ですよ、逆転しない正義。力ある言葉じゃないですかね、この言葉。
考えてみますと、人は生活している中で、正義の優先順位は変わるものです。心身の成長と共に、物事の価値観が変わる中で、正義の優先順位も変わるものです。特に私は、スポーツが好きでよく観ますけれども、この事を顕著に思います。互いの選手が、これまで何日も何十日もかけて準備してきたものが、そこでぶつかり合う。選手間の、ある種正義のぶつかり合いが、そこでは見られるわけです。そしてその結果は、ある時は残酷でもあります。信じて重ねてきた準備も、たとえそれまで正義を重ね続けて来ても、儚く終わる場合もあるわけですから。
「逆転しない正義」…これは、考えれば考えるほどなかなか深いですね。坂本龍馬さんが強烈に思い描いていた正義が、正義ではないと思う人々も実際にいたわけですし、また、日本にとって8月15日は「終戦記念日」、戦争に敗れた日ですが、お隣の国・韓国では「光復節」、光が戻ってきた日、復活した日として喜び祝う日なのです。
人が考える正義とは、まことにローカル、部分的であり、光の当て方によっては、他の人には正しくないもの、ストレスにさえなる。そういう意味では、誰にとっても「逆転しない正義」というものは、なかなか難しいものだと思うのです。
そういう意味において、イエス・キリストの十字架は、逆転しない正義に入るのではないかと、私は思うのです。あなたのために、あなたの中に突然湧き出てくる悪い思い、妬みや不平不満や、悪口、殺意…影と言われる部分が、天の父なる神さまより赦されるために、イエス・キリストは十字架に架かり死んでくださった。
どれだけ周囲の人々から侮辱されても、唾吐きかけられ、口汚くののしられても、馬鹿にされても、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ23:34)、こう言って、まさにそういう罪ある人たちのために十字架に架かったイエス様は、逆転しない神の正義を生きた御方です。
損得や、利害や、刹那的に生きている人には理解の及ばない、逆転しない神の正義が、イエス・キリストの十字架には表されています。この十字架の言葉が、今、あなたにも示されています。どうぞあなたも、この十字架の言葉に触れてみてください。受け取ってみてください。
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