あさのことば

何ができるかではなく

放送日
2021年3月17日(水)
お話し
杉山昌樹(新座志木教会牧師)

杉山昌樹(新座志木教会牧師)

メッセージ: 何ができるかではなく

 いかがお過ごしですか。新座志木教会の杉山です。
 このところ「あなたは何ができるのか」ということが厳しく問われているような気がします。それは成果主義という言葉にもよく表れています。利益率や生産性、合理的判断、選択と集中、といった言葉によって、人間一人ひとりがはかられ、場合によっては退場を言い渡される、という中で私たちは生きています。それを全面的に否定することはおそらくできません。

 しかし、それは本来、経済活動という側面から見た価値に過ぎないものであったはずです。私たちがもし、周りにいる人たちをすべてこのような視点で見ているとすれば、それは正しいのでしょうか。互いが互いを何ができるのかではかりあうなら、何かができなくなった時点で、その人はいらない人になってしまいます。何かができる間は拍手喝采し、できなくなれば手のひらを返したように見捨てて忘れてしまう。実は私たちの心の中に、このような冷たい一面があるのかもしれません。

 そして私たちがそのような思いばかりに囚われているのなら、お互いを愛する、ということもまた成り立たなくなってしまいます。路頭に迷うという言葉が現実味を増してきている今の時代にあって、私たちは、自分の心に何があって、何がないのか、をもう一度きちんと確かめたいのです。

 聖書にはこんな言葉があります。「イエスは、何が人間の心の中にあるのかをよく知っておられた。」(ヨハネ2:25)私たちの心には良くないものがあります。そして本当に良いものは、外からもたらされるのではないでしょうか。

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